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自己の信念を貫き、コロニアと共に生き、共に悩んできた半田の存在を「コロニアの良心」と呼んだのは、彼と刎頚の交わりをもった河合武夫である。ブラジル日系コロニアの歴史における半田が果した功績の一つは、創立発起者の中心人物として、日系コロニア最初の美術運動であるサンパウロ美術研究会(聖美会)を結成したことであろう。 |
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香山六郎編『移民四十年史』に「移住者の美術運動」を執筆した半田は、当初の様子を「自己の作品はまだまだ幼稚なものであっても、理想はかなりはっきりしていて進歩的な議論をする連中であった。だから自然新しい流れとなり、新しい時代のグループとなったのである」と記している。 |
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人文研の研究レポートや邦字新聞紙上に発表された評論家としての深い思想に富んだ秀れた文章は多いが、その著書としては「今なお旅路にあり」(1966年)、「移民の生活の歴史」(1970年)がある。特に「移民の生活の歴史」は執筆に2年をかけた労作で、ポルトガル語にも翻訳されて出版され、ブラジル日本移民史研究には欠かせない名著である。 |
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この著書のエピローグを、移民60年祭を8日後にひかえて書きあげた半田は、「われわれ移民六十年の歴史は、ブラジル国民形成の歴史の一面でもあるが、その過程には、移民受入国でなければみられない人間的悲劇がひめられていたのであった。」と結んでいる。この「われわれ移民六十年の歴史は」を「移民百年の歴史は」と書き替えても、移民60年祭以後40年の経過をみるとき、「人間的悲劇」に差異はないように思われる。 |
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この移民史の執筆を半田に依頼しようと提案したのは、人文研創設当初から専任理事を務めた斎藤広志で、「その面での半田君の才能を見出した斎藤君の功績だが、これに対して、僅かな給与で書かせるのは彼の画業をさまたげるもの…との批判もあった。」と後に河合は述懐している |
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文協貴賓室でその展示会が開催された。ブラジルの大地に根をおろした移民画家として、ブラジルの風俗や移民の生活を描写したその絵画シリーズは、移民史料としても貴重な意味あいの作品群として評価は高い。 |
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サンパウロ人文科学研究所 |
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(c) Centro de Estudos Nipo-Brasileiros |
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