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アルゼンチン ミシオネス州にて |
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ミシオネスについては、同時報一九三一年八月の二二日号と二九日号、さらに九月五日号に「ジェルバ・ヴィエホ視察の記」として掲載されている。(同誌251ページ) |
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ミシオネス邦人見聞記 |
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| お話好きの首藤氏のチャカラ(農園)に着く。他人の世話で東奔西走しているご本人の畑には雑草が茫々として生えている・・・ 首藤氏は武市(ブエノス・アイレス)に住んでいた時は、自動車の運転士として渡世していたのであるが、おいおい家族が殖えるにしたがって生活難という厄介なものがつきまとう。そこで大いに悟るところがあって、一昨年翻然として首府を引き払い家族を連れて入植したのである。約六町歩の開墾が終わると同時に、ジェルバ・マテ樹が植え付けられた。昨年はタバコの栽培でかなりな収入が上がったそうである。養鶏、養豚、自家用の野菜もあり、今では馬が一頭いる。立派なお百姓ぶりを発揮して、布切れのあたったシャツにパンタロン(ズボン)、日本製の足袋靴をはき、あごの下には二寸ばかりのびたヒゲが十七、八本さがっているところはやや仙人じみている。この人が首府にいたときはメカシ込んで自動車のハンドルをにぎる運転手であったのかと想像すると、今昔の感に打たれる。 同氏の述懐に「自分はもう少し早く目覚めていたら今ごろは立派なジェルバ・マテ園主で、年々収穫を上げていたのであろうが、目覚め方が少し遅れたのは残念である。しかし遅まきながら首府に愚図ついていずに入植を断行したことをいささか満足に思っている。現時は間作のみで十分生計が立っていくからマテ樹の生長するのを楽しみにしている」と。未来に希望をいだいて楽しく愉快に働く人は実に幸福である。私は現在の首藤氏の境遇を衷心よりうらやむものである。それと同時に同じ事業を同じ都会に何十軒、何百軒と開業して、果ては互いに無謀な競争をやるなどは愚の骨頂である― そののち、岡田は首藤の案内で二軒ほどの移民の家を訪ねたあと、「入植者として一番奥地に入り込んで、なかば仙人になりかけたという静岡県人渡辺雄二」の家を訪ねる。 ―約七キロあるそうな、車は通わないが、馬は通う、泥濘の多い薄暗い坂道だ。五キロばかり歩行すると、やっと人の通れるだけの路幅に切り開かれてある森林中の小径となる。 首藤氏の説明にいわく「ここから先をハポネス・ピカダ(日本人の森の小径)と一般に呼んでいる。渡辺氏のジェルバ園はここから未だ二キロほど奥に入らねばなりませんが、この道なども渡辺氏と私とで三日がかりで切り開いたものです」 なるほど首藤氏は世話好きだけにこんなところにも加勢に来ているのだ。どこにも世話焼きは必要であるが特に植民地などには欠くべからざるものである。サン・イグナシオの山口氏やジェルバ・ヴィエホの首藤氏がおられるので入植者はどれほど助かることかわからない。民族発展のために大いに努力してもらわねばならぬ。いつかは酬いられる日が来るであろう。 |
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渡辺氏の・・・現に切り開かれてあるのは十町歩にすぎない。そこには全部ジェルバ・マテ樹を植え付ける計画で、植付け済みのところも大分ある。仮小屋はまだ完成していない。周囲が開け放してあるから横降りの時は閉口しますといっておられる。故国に妻子があるが、ここにはただ一人で野良の仕事から女房役までせねばならぬ。首藤氏の子分だけに二十本ばかり薄いヒゲを長くのばしているところはまったく半仙人らしい。・・・・ |
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三羽しかいない鶏を一羽すでに屠られていた。牛肉はなかなか手に入らないから移住者は鶏をぜひ飼わねばならない。 |
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写真はすべて、山中三郎記念バストス地域史料館の提供です。 |
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サンパウロ人文科学研究所 |
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(c) Centro de Estudos Nipo-Brasileiros |
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